はじめに
大阪府下には160本以上の温泉井戸が掘削されていて、その大半は銭湯や保養施設の源泉として常時揚湯されている。さらに、毎年数本から10数本の新設井が付け加わっているので、温泉井の密度や揚湯量は増加している。従来、このような新設井の設置に当たっては、温泉法に基づき大阪府環境審議会温泉部会で審議され、掘削許可と動力装置許可が行われているが、その基準は井戸相互の干渉を避けるという意味で影響圏内の掘削が規制されているだけである。その影響圏の推測による相互の井戸掘削制限距離は、この推測時期が平野地下の温泉掘削が始まった時期だったために、もっぱら平衡式による10 cm単位の影響の有無が問題にされた。しかし、近年のような数多くの井戸の分布と揚湯量の増加という状況からは、温泉水自体の枯渇が懸念される事態となってきている。つまり、一般にこのような深層に賦存する地下水の揚水分は、その8割は横方向からの涵養によって補給され、1割が上方からの強制的な漏水でもたらされ、最後の1割が水圧低下などの地下水障害に繋がるとされている。温泉の場合は、一般の地下水と違って、地下深所の熱源を通ってきた熱水に浅いところから浸透した地下水が混ざって温泉水が形成されるところから、上からの漏水以外にも横方向からの涵養であっても、温泉の泉質を薄める作用を及ぼすことになる。そこで、大阪府における温泉水の水質の特徴と起源、温泉水の流動経路及び水質の経年変化を検討するために水質調査を実施した。温泉水を賦存している大阪地下水盆の帯水層の性状の把握、揚水による影響圏の広がりや上部からの漏水、または半加圧層からの絞り出しの状況について量的な検討を行うための揚水試験等も実施した。
また、大阪府健康福祉部環境衛生課が保有する、温泉井戸の掘削申請時と動力設置許可申請時の揚湯試験結果や掘削時の地質柱状図を用いて非平衡理論での帯水層常数の再計算を行い、さらに、海岸部の干潮状況の温泉井戸の実水位への影響を約3ヶ月間にわたって調査した。
これらの調査結果をもとに、大阪府の温泉の現状を分析し、今後の温泉行政の指針を検討するために標記の検討委員会が専門家によって組織され、平成19年1月から同年7月まで計6回の委員会が開催された。この報告書はその討論の結果をまとめたものであり、行政的指針への提言として、現在施行されている温泉掘削に関わる許可条件の基準になっている協議事項の改訂についても論述する。
1 揚湯試験結果の概要
揚湯試験は大阪府温泉揚湯調査業務として、平成17年6月30日から平成17年11月30日まで実施された。業務の内容は①5カ所の揚湯試験と②比較測定として温泉井戸の長期測水1ヵ所、③それらのデータを基にして既存データ再解析(追加解析含む)を行った。具体的作業等は以下のとおりである。
(1)揚湯試験
(ア)調査場所の選定
調査場所の選定にあたっては、対象となる源泉の所有者・使用者・利用者の理解と協力が得られ、それぞれの使用・営業等に支障のないように十分調整を行ったうえで決定した仕様書記載の選定基準に基づき、大阪平野北部・中央部および泉北地域より地質条件を考慮して下記の5カ所を選定し、調査を行った。
① 施設A(地図番号51 茨木市南安威:北部・大阪層群最下部)
② 施設B(地図番号52 摂津市鳥飼:北部・大阪層群下部)
③ 施設C(地図番号53 大阪市大正区:中部・大阪層群最下部)
④ 施設D(地図番号54 東大阪市古箕輪:中部・大阪層群最下部)
⑤ 施設E(地図番号36 堺市浜寺船尾町:泉北・大阪層群最下部)
なお、上記源泉以外に数カ所の源泉の調査を実施したが、孔内の温泉水面(動水位)付近よりの発泡等の事由により、本件において必要となるデータの
収集が出来なかったため、最終的に上記5源泉となっている。
(イ)揚湯試験
選定した5源泉において、委託仕様書の手順に従って揚湯試験を行った。
各源泉ともに営業中の施設で利用しているため、揚湯ポンプの停止時間に制限があり、回復試験を十分に行うことが出来ないものもあったが、概ね必要となるデータ収集は行えている。
調査の結果から、揚湯試験結果を表-1に、帯水層常数のまとめを図-1に示す。いずれの源泉も掘削直後に計測された測定結果とは、程度の差はあるものの差違が生じており、その原因について考察する必要がある。
(2)データ解析
前述した5カ所の揚湯試験結果を用いて、透水量係数・貯留係数・透水係数等の算出を行った。また、比湧出量を算定して透水量係数との相関について検討した解析については非平衡式でハンタッシュ・ヤコブの式を用い、計算式による方法と、標準曲線による方法の両方で算出した。
また、平野部の温泉データ(地質柱状図、揚湯試験結果等)について、その全てを解析し、比湧出量と透水量係数を計算し、その関係について検討した。
各源泉については、温泉の湧出位置(ストレーナー位置)を基盤岩・大阪層群最下部層・大阪層群下部層・大阪層群上部層に分類、タイプ分けした
今回実施した揚湯試験結果では、比湧出量と透水量係数に明瞭な相関関係は見られなかったが、透水量係数のみをみると、地層タイプ別に一定のグループ分けができ、より深部の帯水層ほど透水量係数が見られた(図-2、3)。
2 長期測水結果の概要
(1)調査場所の選定
長期測水を行う源泉の選定にあたっては、もっとも条件の良いものとして下記の源泉を選定した。
○ 施設F(地図番号60 大阪市此花区)
掘削深度1、000m ストレーナーの位置861.75m~983.41m
自然水位 GL-18m
(2)長期測水
対象源泉において、自動水位計(測定精度10cm)を設置し、自動測定するとともに、数日にわたり、触診式水位計により手動測定を行った。測定の結果、対象源泉の自然水位はGL-18.4m~19.1mの約70cmの間で上下を繰り返しており、その周期は大阪港の実潮位の変化に一致する。
また、潮位変化との比で約1/3の水位変化が観測され、地下水位の変動としては異常ともいえるほど大きい。これにより、大阪層群深部の温泉帯水層中の圧力変化は、少なくとも湾岸部においては潮位変化による圧力変化と密接な関係があると言える。
さらに、自動水位計を測定精度1cmのものに換装し約3ヶ月間にわたりデータを収集した結果、同様の傾向が見られた(図-4)。
3 温泉水の水質の概要
平成15年度に大阪府と大阪市大との共同事業として、大阪府下50カ所の温泉水の水質調査を実施することにより、温泉水の水質の特徴と起源を求めるとともに、平成17・18年に経済省産業技術総合研究所の協力のもとで希ガスの調査を実施することにより、温泉水の流動経路を推定した。また、掘削時などに事業者が行った水質分析と、平成17・18年度に大阪府が行った揚湯試験時等の水質分析などの結果を合わせて、水質の経年変化とその原因について検討を行った。
(1)水質分析結果
以下に、水質分析の結果を概説する。ここでは、分析方法は省略した。
ア)採水地点と帯水層の地質
平成15年の調査は、稼働中の井戸を対象として現況調査を行ったものである。温泉を利用している業者にアンケートを実施し、協力を要請した。協力が得られた施設へ出向いての現地調査は平成15年8〜10月にかけて行った。
試料採取地点は図5に示した。図5の採水地点は採水している深度が大阪層群であるか、基盤岩であるかを示した。同一地点の2ケ所の井戸から採水したもの2地点も含めて52試料であった。全ての井戸は日常的に利用されていた。井戸の採水位置と地質を表2に示した。図と表によれば、新生代の堆積物が厚く分布する大阪平野では大阪層群の堆積物中の帯水層から採水している井戸が多い。平野の周辺部には露出している基盤岩から採取している場所もあるが、そうでない場合でも基盤岩まで掘り下げている井戸が多く見られる。また、特に大阪市内を中心とした大阪平野中央部では大深度掘削により大阪層群の下位にある基盤の花コウ岩から採水している井戸がある。
イ)水質分析の結果
水質分析は現地において採水時に水温・pHと電気伝導度、アルカリ度を測定した。また、室内で、陽イオンはナトリウム・カリウム・カルシウム・マグネシウム、陰イオンはフッ化物・塩化物・臭化物・硝酸・リン酸・硫酸の各イオンを定量した。また、ケイ酸・ホウ酸・全鉄を定量した。水の酸素と水素の安定同位体比も分析した。同位体分析は岡山大学固体地球研究センターの日下部実教授の研究室で行った。分析結果は表2にまとめた。(電気伝導度は示していない。)
① 主成分組成の特徴
大阪府の温泉は主成分組成からは大きく二つにわけることができる。重曹泉と塩化物泉である。一部には塩化物と重曹(あるいは遊離二酸化炭素)を伴うタイプのものもある。しかし、これらの2種は一般的には塩化物イオン濃度が20me/L以下のものと50me/L以上のものに、明瞭に区別できることが多い。すなわち、全く異なった起源を持つ温泉水が複数存在している。
比較的低濃度の重曹泉の多くはアルカリ度が2~5me/Lの範囲にあるが、それより低いものもある。これらには基盤岩中に帯水するものもあるが、大部分は大阪層群中にある。 図6に大阪平野中央部(図5の測線A-B)の地質断面にストレーナー深度と水質を示した。この地域では、工業用水規制法などにより500~600mより浅い深度での取水を禁止されている場所が多いことから、それより深い深度で採水を行っている。この図から、海成粘土層を含む上部大阪層群と淡水成層である下部大阪層群の中央部付近から採水しているものには重炭酸ナトリウムを主成分とする単純温泉が多いことがわかる。堆積物中に停滞している天水起源の地下水は粘土鉱物とのイオン交換反応によりナトリウムを濃縮することがある。4の地下水は花コウ岩に帯水しているが、破砕帯が粘土化しているのが掘削時に観察されている。このタイプの地下水は、一般的には、堆積物や岩石中で時間をかけて反応し、重炭酸ナトリウムを地下水中に溶存させたと考えてよい。一方、北部と南部の基盤岩に帯水している温泉水にはアルカリ度が10me/Lを超えるものが6点ある(2、3*、5、43、47、49、50)。本調査では分析していないが、この中には遊離二酸化炭素を含む炭酸泉もある。二酸化炭素は、一般的には地下深部から上昇してきたガス成分だと考えられるので、これらの温泉水には部分的にそのような地下深部からの物質の供給があると考えてよい。
もうひとつのタイプは塩化物泉である。図5の7・50を除くスティフダイヤグラムを塗りつぶしたものがそのタイプに分類できるものである。これらは水質の上からは塩化ナトリウム泉が多いが、府域南部の基盤岩から採水しているものにはアルカリ度が高い場合がしばしばある(たとえば、41・46・46*・48など)。これらは、遊離二酸化炭素も高い炭酸泉でもある。
また、図2に示されるように、大阪層群最下部や基盤岩に到達する深度で取水しているものに塩化ナトリウムを主成分とする塩化物泉が多く見られる。塩化物泉も、酸素と水素の安定同位体比から2種に分類することができる。このことは後述する。
② 水 温
取水深度と採水時の水温の関係を図7に示した。採水地点まで配管を通して流すこともあるので、実際の水温はこれより高いかも知れない。また、取水深度は掘削時の記録に見られるストレーナー深度の中央値とした。ストレーナー位置全体から均等に揚湯しているとは考えにくいので、水温と深度との関係は掘削時の坑内計測などと比べると、正確さに欠けることはやむを得ない。
この図から、府下全域でおおむね取水深度が250mを超えると25℃以上の水温が得られ、温泉法にしたがった単純温泉の定義は満たすことがわかる。それより深くても水温が低い井戸は基盤岩から採取しているものだけである。大阪平野の中央部の大阪層群中に掘削したものは基盤岩から得ているものより水温が高い傾向がある。地温勾配は3.6°/100m以上あり、一般に知られている日本全域の地温勾配2.5~3°/100mに比べても大きい。
③ 酸素と水素の安定同位体比
水の酸素と水素の安定同位体比は起源を推定するためのトレーサーとして有効である。これらは、標準平均海水(Standard Mean Ocean Water、 SMOWと略称)の酸素(18O/16O)と水素(D/H)の値を標準値として、その千分偏差で表現する。たとえば、酸素については次のような計算により求められる。
δ18O(‰)= {(18O/16Osample)/(18O/16OSMOW)-1}×1000
府下の温泉水の分析結果をもとに、酸素と水素の安定同位体比の関係をプロットしたものが図8である。世界各地で採取された降水を起源とする陸水は全て同じ直線上に乗ることが知られている(図の天水線)。大阪府で採取された河川水や浅層地下水も同一直線にプロットされている(上杉、2004)。この図にプロットされる温泉水は大きく3種にわけることができる。すなわち、天水線上にあるもの、海水と天水との混合線上にあるもの、それ以外のものである。天水線上にプロットされるものが多いが、それらの位置は河川水や浅層地下水に比べると軽い同位体に富んでいる。そのことは、これらの温泉水の涵養源が浅層地下水よりも高い大阪府を取り囲む山地にあることを示している。また、明らかに海水と天水の混合線の上にプロットされるものは大阪府北部の丹波層群の堆積岩や大阪層群の堆積物を湧出母岩としているものが多い。以上の2群から外れるものは花コウ岩や流紋岩を母岩としており、ほとんどが府南部に見られる。
図9に塩化物イオンと酸素・水素の安定同位体比の関係を示した。もしも、海水が地中に閉じ込められて変質をしなければ、塩化物イオン濃度と同位体組成は保存される。周辺の地下水と混合することはあり得るので、閉じ込められた海水は、純粋な海水と地下水の組成を単純に混合したものとなる。その組成の範囲は図中の塗りつぶした三角形である。2枚の図のどちらでも、三角形の部分にプロットされる温泉水は、その起源の一部が海水であると推定できる。塩化物イオン濃度が低いために、判断のしにくい試料の場合にも明瞭な関係を得ることができる場合がある。この図によれば、高槻市や茨木市周辺の基盤岩や大阪層群中の塩化物イオン濃度が5~150em/Lの範囲にある塩化物泉や重曹泉に海水が混入したことが明らかなものがある。これらの多くは内陸部にある(たとえば、9・10など)ことから、現在の海水が混入しているとは考えにくい。上部大阪層群には海進時の堆積物が多数あるので、いずれの時期かの海水が取り残されたと考えられる。
天水と海水のいずれにも分類できない温泉水は、水素同位体比に特徴がある。塩化物イオン濃度と酸素同位体比は海水−天水の混合線の範囲か、その近くにプロットされる。しかし、水素同位体比は塩化物イオン濃度が変化してもあまり変化せず、天水とほぼ同じ範囲にある。これに分類される温泉水は、府南部の基盤岩から湧出する遊離二酸化炭素を含む塩化物泉に特徴的に見られるが、大阪湾岸の基盤に到達する深度で取水されている2泉も明らかにこのグループに属する。また、大阪層群最下部と基盤岩から採取している温泉水もそうである。このことはすなわち、大阪平野の基盤岩付近の温泉水は、府南部の温泉水と起源が同じであることを意味している。
④ ヘリウム同位体
3Heはヘリウムの安定同位体であり、地球生成以来新たに付加されていない。4Heは、ヘリウムのもっとも量が多い安定同位体であるが、ウランやトリウムの放射壊変に伴って生成するため、地球生成以来地球内部で付加・蓄積されてきた。ウラン・トリウムは、特に地殻、中でも大陸地殻に濃縮しているため、地殻に起源を持つヘリウム同位体比(3He/4He)は、マントル起源のそれよりも小さい。また、マントルの部分溶融で発生するマグマ中の同位体比はマントルそのものの値よりは小さいが、地殻起源物質よりは大きい。また、大気を起源とするヘリウムは、さらに同位体比が小さくなる。このような同位体比の違いを用いて、地下水中のガスの起源を推定することにより、流動経路をある程度推定することが可能である。
平成17・18年度にわたり、図10に示した井戸で希ガス分析用の試料を採取した。同時に水質分析用試料も採取し、分析を行った。
この時の水質分析結果は表4に示す。採水を行った井戸は、平成15年度に協力が得られた業者の中から選択した。府下の温泉水には、マグマ起源とされる有馬温泉に近いヘリウム同位体比を持つものがある。特に,大阪平野西部の深い井戸から採取している強食塩泉の同位体比が高い。このことは、天水の涵養が少ないために、大気に由来する成分の混入が少なく、地下深部に由来する熱水の寄与率が高いことで説明できる。ヘリウム同位体比から推定した涵養地域からの温泉水の浸透経路は図10に示した。平野周辺部の山地が涵養源になっていることは想像に難くない。上町台地の降水の大部分は大阪平野東部を涵養しており、上町断層で境される大阪平野西部の涵養源とはなっていない。大阪平野西部の温泉水には周辺で降った雨を涵養源の一部としているが、水量の豊富な涵養源が近くにないことを示している。
⑤ 泉質の経年変化
温泉水は自然湧出しているのでなければ、循環速度の遅い深層地下水であることが多い。そのため、揚湯量の増加によって泉質が変化することは珍しいことではない。しかし、経済的利益の面からは泉質が悪化することは望ましいことではないので、泉質の変化の有無やその原因を把握しておくことは重要である。
調査した温泉水のうち、塩化物イオン濃度が記録上10me/L以上含まれていた源泉の分析時期と塩化物イオン濃度の関係を示した(図11)。源泉の掘削時期は1990年前後が多いため、多くの分析データはその頃以後のものである。中には濃度が増加しているものもあるが、ほとんどの温泉水は掘削時以降に濃度が減少している。一般的には掘削時に高濃度であったものほど減少が著しい傾向がある。また、図12に図11で示したのと同じ試料の塩化物イオン濃度とアルカリ度の関係を示した。府南部の高濃度塩泉は複雑な変化をするものもあるが、大部分の温泉水で、塩化物イオンとアルカリ度の減少は同時に起こっていることがわかる。図13には図11・12に示した塩化物泉とそれ以外の温泉水に分けて水温の経年変化を示した。前述したように水温は、測定方法の問題から坑内温度より低く見積もっている可能性はあるが、多くの温泉で水温低下が見られる。特に、水温低下は図12(a)に示した塩化物泉の方に顕著である。これらの観察事実は、塩化物イオンに富む温泉水は周辺の希薄な地下水によって希釈されていることを示している。図12(b)に示したその他の温泉では、高温のものほど温度低下が著しい傾向がある。すなわち、おおざっぱには塩化物イオン濃度や温度が高いといった温泉の水質としてより優れているものほど変化が大きいといえる。
図13にその他の温泉とした試料のアルカリ度の経年変化を示した。全体的に見ればアルカリ度の変化はそれほど大きくない。大阪層群中から取水しているものに限れば、アルカリ度は増加している。大阪層群中から取水している温泉には図12(b)で見られるような温度低下も起こっている。これらのことは、温泉水よりは低温の水が混入していることを示す。低温の水のアルカリ度の方が高いことから、堆積物中の間隙水の絞り出しが起こっている可能性がある。
平成17・18年度の調査時の分析値は平成15年度の結果と大きく違うものではなかった。したがって、2〜3年程度で水質劣化が見えるほどの速度では、ここに上げたような経年変化が起こっているわけではないとは言える。しかし、一日以内で作業を終える揚水試験のような短時間で、水質変化が観察された井戸もあった。このことは、上下の帯水層(あるいは難透水層)から井戸に沿った垂直方向の漏水の可能性を示唆するものである。
(2)考 察
① 泉質の区分
大阪府下には第四紀に活動した火山は全く知られていない。そのため、いわゆる火山性温泉は存在しない。上述の結果からは府下の温泉には次の起源を持つものがあると推定される。1) 堆積物や岩石の裂かに帯水する滞留時間の長い深層地下水。希薄な重炭酸ナトリウム型の水質である。大阪層群下部に帯水する場合は温度も期待できる。2) 化石海水を含む地下水。大阪府北部の基盤岩や大阪層群下部などに帯水する。温度は高くないことが多く、重炭酸ナトリウムやカルシウムイオンに富む場合もある。3) 特異な酸素・水素同位体比を持つ高濃度塩水を含む。府の南部と大阪層群最下部およびその下位の基盤岩中に存在する。4)遊離二酸化炭素を含む重炭酸イオンに富むタイプの温泉水。府の北部と南部の基盤岩の中に帯水している。これに分類できるものには3)に分類される高濃度塩水もある。遊離二酸化炭素は気体なので、それが周辺の地下水に溶け込むと重炭酸イオンに富むタイプになるのであろう。現時点では、高濃度塩水の塩化物イオンと二酸化炭素の起源が同じであるかどうかはわからない。
② 高濃度塩水の起源
特異な酸素・水素安定同位体比を持つ高濃度塩水はきわめて特殊な温泉水である可能性がある。これらの温泉水の溶存成分(Na-K-Ca)から温泉水が経験した温度を推定すると、大阪層群下部やその下位の基盤岩から取水しているものは高温を示す(表3)。取水温度は最高でも50℃以下であるが、Na-K-Ca温度計で推定した温度では70℃を超えるものが多く、最高では90℃になる。この推定温度から、大阪平野の基盤岩付近には高温で岩石と反応して水質を獲得した温泉水があることを示している。
酸素・水素同位体比が天水線や海水−天水混合線から大きく外れて、重酸素に富む高塩濃度の温泉水は、日本では有馬型塩水として知られている(Sakai and Matsubaya. 1977など)。有馬温泉を典型としているが、大阪南部の石仏鉱泉も、低温であるが、これに分類される(松葉谷他、1974)。兵庫県南部の内陸部や滋賀県の2温泉などにも水質がよく似たものがある(Masuda et al., 1985)。有馬温泉は明らかに200℃以上の高温で岩石と反応しているが(Masuda et al., 1986)、その他の温泉も同様な起源を持つ可能性が高い。
有馬の熱水は3He/4He同位体比が9×10-6と高い値を持つことが知られており、マントル由来であると考えられている(たとえばSano and Wakita. 1985)。森川他(2003)は神戸市街地に掘削された700~1500mの温泉水中の3He/4He同位体比が大気より高く、最大では7.7×10-6と有馬温泉に近い値を示すことを報告している。彼らは、この同位体組成が、有馬型熱水に伴うガス成分が周辺の岩石中の放射壊変による4Heにより希釈された結果であると説明している。また、石仏も同様に高いヘリウム同位体比を持つ(高橋他、2003)。今回行った調査で得られた結果でも、上町台地より西側の大阪平野の温泉水には、神戸の温泉水のヘリウム同位体比に匹敵するものがある。したがって、同様な熱源が平野の地下深部にあると考えられる。有馬型温泉水はしばしば遊離二酸化炭素や重炭酸イオンを高濃度に含む。有馬と石仏の遊離二酸化炭素のd13Cは-6~-3‰で、マントル起源と考えられている(高橋他、2003)。
大阪平野深部の基盤岩付近に存在する温泉水は、酸素・水素安定同位体比からは有馬型塩水に分類されるものである。熱源もマグマあるいはマントルに由来する可能性がある。このことは大阪平野の地温勾配が高いこととも整合的である。大阪湾周辺部の平野最下部や基盤の花コウ岩中には広範囲にこのタイプの温泉水が存在するのかも知れない。しかし、有馬温泉で沸騰する高温泉が噴き出しているのとは異なり、大阪平野では盆地の最下部にとどまっている。このことは湧出経路となる断層が堆積物中では湧出通路とはならないというだけではなく、温度がそれほど高くないために浮力による熱水の上昇が起こらないことにもよっているのであろう。
(3)結 論
大阪府下における温泉水は起源から3あるいは4種に分類できる。そのうち、化石海水的なものは、堆積盆に閉じ込められた移動しない地下水である。したがって、揚水すればそのうち枯渇する。滞留時間の長い重曹タイプの深層地下水は滞留時間を考慮して利用している間は枯渇することはない。また、基盤岩と反応した高温の履歴を持つ温泉水は、化石海水とは異なり、全くなくなってしまうことはないかも知れない。ただし、大阪府下では、地熱地帯のように上昇流を伴う速度の大きい熱水循環が期待できないので、揚湯量が増加すると水質悪化はまぬがれない。
本調査では、多くの源泉で、周辺の低温の地下水の流入が認められた。これにより、強食塩泉が単純温泉になったケースもある。多くの場合、水質劣化の原因は、重曹型の希薄な地下水の混入であり、難透水層からの絞り出しにより、揚湯量の不足を補っていると判断される。一部を除き、多くの源泉における泉質の変化は、即時経済的なダメージを与えるには至っていないが、近い将来において広範囲での水質劣化が起こる可能性が高い。温泉水を保全し、長い将来にわたって、より多くの市民が温泉文化を楽しむためには、掘削制限や揚湯量規制などの見直しによる早急な対策をとる必要がある。
本調査で,2〜3年の時間経過では,明確な水質変化が観測されなかった井戸がある一方で,短時間の揚湯試験で水質変化が観察されることがあった。単発的な調査では,水質の経年変化が読み取りにくい。また,漏水などの個別井戸の問題が,周辺井戸にまで影響を与えるような帯水層の減圧伝播を引き起こすようなものであるのかどうかを評価することも難しい。したがって,今回行ったような一斉調査を数年おきに行う,あるいは,規模を小さくして毎年継続して行い,5〜10年の期間で,府域全体の変化が評価できる調査システムを確立する必要がある。この調査結果に基づいて,適正揚湯量や掘削距離規制などを,適宜変更する科学的根拠を設定できる。このことにより,温泉資源を長期にわたり有効利用するという観点からの,温泉保護が行えるものである。
4 影響圏距離に関する非平衡理論での再検討
既存温泉井戸の揚湯試験結果を用いて、現在温泉部会で「協議事項」として規制されている「距離規制」とその他、今後必要と思われる項目について検討した。
(1)既存井の揚湯試験解析による帯水層常数の算定
既存井の揚湯試験結果をハンタッシュ・ヤコブの図解法で解析して、漏水性帯水層の帯水層常数を算出した。その結果、例えば大阪市4(地図番号55 大阪市北区)では、以下のような結果が得られた。
図解法 簡易式
透水量係数(T、以下これを用いる) 2.15×10-2 m2/min 2.07×10-3 m2/min
貯留係数 (S、以下これを用いる) 26.46 ? 2.44 ?
漏水係数 (k’/b’、以下これを用いる)1.32 min-1 0.137 min-1
これらの値を簡易式で算出したものと比較すると多少の違いがあるが、同じような方法で大阪市27(地図番号25 大阪市城東区)では、
図解法 簡易式
T、 1.00×10-2 m2/min 1.65×10-2 m2/min
S、 0.64 13.0 ?
k’/b’, 0.64 min-1 0.492 min-1
ここではかなり良い一致を示している。いずれの場合にも、Sが1以上になっていることなど、揚湯試験時の井戸内外水位の食い違いなど井戸効率などの問題が存在することが疑われる。この貯留係数の問題は将来温泉水を含む大阪地下水盆の水収支計算を行う際に大きな障害となるので、この貯留係数が大きくなる原因について検討しておく必要があろう。
とは言え、ここではとりあえず簡易式の結果を用いて以下の検討を行う。
(2)現況の影響水位推定
代表的井戸の現況揚湯量での影響圏800 mにおける影響水位を計算してみた。
大阪市の代表例として、透水係数の比較的大きい大阪市7(地図番号15 大阪市此花区)を取り上げてみた。この井戸の帯水層常数は、
T、 4.84×10-2 m2/min
S、 1.11 ?
r/B、 0.115
影響距離(r、以下これを用いる) 800 m
揚湯量(Q、) 0.77 m2/min
揚湯継続時間(t、以下これを用いる) 5.18×105 min
S=4Tt/r2(1/u) から
1/u=4Tt/ r2S
=4×4.84×10-2×5.18×105/×1.11×6.4×105
=0.14
r/B=0.115 は算出されるが、 W(u、r/B)はSが大きすぎるために算出でき ないが、推定値として0.015 を得る。
s=0.0796×Q×W(u、r/B)/T
=0.0796×0.77×0.005/4.84×10-2
=0.063 m
つまり、現況では透水量係数の大きい井戸で、揚湯量が比較的大きいものでは、800 m離れたところへは最大10 cm程度の水位降下の影響を与えていると言うことが分かる。
(3)影響圏800 mのところで水位降下量を0.1 mに保つための揚湯量の計算
計算の条件として揚湯時間は連続一年間とすると、
大阪市の透水量係数が大きいところの場合、
大阪市30(地図番号 33 大阪市住吉区(最下部))
T=1.03×10-1m2/min
S=0.267
r/B=0.019
r=800 m
s=0.1 m
1/u=4Tt/r2S
=4×1.03×10-1×518000/(800)2×0.267
=1.25
r/B=0.019とセットでハンタッシュ・ヤコブ図解法のグラフより、W(u、r/B)=0.32を得る。
Q=sT/0.0796 W(u、r/B)
=0.1×1.03×10-1/0.0796×0.3
=0.417 m3/min
この場合は、かなり大きな揚湯量でも相互干渉はあまり生じないとの結論ではある。
では、Tの小さいケースではどうであろうか。
大阪市39(地図番号56 大阪市中央区(基盤))、
T=1.45×10-4m2/min
S=0.123
r/B=0.33
r=800 m
s=0.1 m
1/u=4Tt/r2S
=4×1.45×10-4×518000/(800)2×0.123
=4.05
r/B=0.33とセットでハンタッシュ・ヤコブ図解法のグラフより、W(u、r/B)=1.14を得る。
Q=sT/0.0796 W(1/u、r/B)
=0.1×1.45×10-4/0.0796×1×10-4
=0.170 m3/min
この場合も、日量3、000m3もの大きな揚湯量でも相互干渉はあまり生じないとの結論である。安全側にはやはり透水量係数の大きいものを基準にすべきであろうか。
【大阪府の場合】
Tの大きいものとして、大阪府23(地図番号57 吹田市江坂町(最下部))
T=6.98×10-2m2/min
S=3.02×10-2
r/B=0.01
r=800 m
s=0.1 m
1/u=4Tt/r2S
=4×6.98×10-2×518000/(800)2×3.02×10-2
=7.48
r/B=0.01とセットでハンタッシュ・ヤコブ図解法のグラフより、W(u、r/B)=1.82を得る。
Q=sT/0.0796 W(1/u、r/B)
=0.1×6.98×10-2/0.0796×1.82
=0.048 m3/min
この場合は、かなり少ない揚湯量でも相互干渉が生じる危険があるとの結論である。
【大阪府の基盤を除くT値の小さいものの場合】
大阪府17(地図番号7 豊中市新千里(最下部))
T=3.55×10-4 m2/min
S=0.234
r/B=0.059
r=800 m
s=0.1 m
1/u=4Tt/r2S
=4×3.55×10-4×525600/(800)2×0.234
=4.91×10-3
r/B=0.06とセットでハンタッシュ・ヤコブ図解法のグラフより、W(u、r/B)<0.0001を得る。
Q=sT/0.0796 W(1/u、r/B)
>0.1×3.55×10-4/0.0796×1×10-4
>0.446 m3/min
この場合は、かなり大きな揚湯量でも相互干渉はあまり生じないとの結論である。安全側にはやはり透水量係数の大きいものを基準にすべきであろうか。
【堺・東大阪の場合】
Tの大きいものとして、堺・東大阪9(地図番号58 堺市伏尾(下部))
T=5.52×10-2 m2/min
S=0.756
r/B=0.0756
r=800 m
s=0.1 m
1/u=4Tt/r2S
=4×5.52×10-2×518000/(800)2×0.756
=0.236
r/B=0.077とセットでハンタッシュ・ヤコブ図解法のグラフより、W(u、r/B) =38を得る。
Q=sT/0.0796 W(u、r/B)
≒0.1×5.52×10-2/0.0796×38
≒0.0018 m3/min
この場合は、かなり大きい揚湯量でも相互干渉は生じないとの結論である。
【堺・東大阪の基盤を除くT値の小さいものの場合】
堺・東大阪7(地図番号36 堺市浜寺船尾(最下部))
この場合も同様に、かなり大きな揚湯量でも相互干渉はあまり生じないとの結論である。安全側にはやはり透水量係数の大きいものを基準にすべきであろうか。
5 漏水係数から漏水量の予測
さらに、大阪市で漏水の多いと想われるr/Bの大きいもので検討すると、次のようになる。
大阪市8(地図番号59 大阪市此花区)の場合、
T、 7.25×10-3 m2/min
不圧地下水と被圧地下水位の水頭差(H-h、以下これを用いる)、 7.6m
r/B、 0.84
r、 0.051 m
Q、 0.65 m3/min
ここに、
k’/b’=T(r/B)2/r2
=7.25×103×7.06×10-1/2.6×10-3
=1.97 min-1
漏水量Qc / Ac=7.6×1.97
=14.9 m/min
Ac=100 m2とすると、
Qc=1490 m3/min
これは常時揚湯量をはるかに超える量であり、想定した影響範囲が大きすぎるのか、あるいは計算された漏水計数が大きすぎるためかと思われるが、いずれにしてもかなりの漏水が生じていることは間違いないものと思われる。他の井戸での計算でも同様な問題が伺われる。
6 大阪市内における温泉水の賦存状況
(1)井戸の設置年と水位との関係
今回のデータ解析作業に用いられた既存の温泉井掘削時の自然水位から、大阪市内における掘削年次とその時の自然水位の相関を取ったところ、温泉井汲み上げによる相互干渉による水位低下を来たしているとの予測に反して、逆に大阪市東部などでは上昇傾向にあることが分かった。このことは、地盤沈下を引き起こした地下水の大量揚水の結果としての水圧低下の回復が遅れている為に現在なお水位回復途上にある現象なのか、あるいは温泉水胚胎帯水層への強制涵養が進んでいるのか、いくつかの解釈が成り立つ。このことから、現況では温泉水の過剰揚湯が水位には直接現れていないということになる。ただし、水量は周辺から涵養されて確保されているとしても、先述したように,水質には希釈による明らかな影響が現れている。その大部分は,周辺地層からの漏水によるものであり,揚湯過剰による帯水層の水圧減少が,上位の難透水層を含む地層に伝播している可能性が高い。
(2) 地域による温泉水の賦存状況の相違
大阪府下に湧出する温泉水は、大部分が天水起源の地下水と考えられる。そのため、大阪平野地下において温泉水がどのように存在するかは、基盤岩の作る地形ならびにそれを埋積している地層の堆積状況に依存している。
大阪平野でこれまで掘削された多くの学術ボーリング並びに温泉ボーリングにより、大阪平野地下の基盤地形は、上町台地西縁をほぼ南北に走る上町断層を境として、東西で大きく異なることがわかっている。すなわち上町断層より西では、基盤岩上面は大阪湾中心部に向かって北・東・南の3方向から緩く傾斜している。これに対し、大和川より北で上町断層より東側の地域では、基盤岩上面は、上町台地側から生駒山脈側へ向かって大きく傾いている。
このため平野を埋積し地下水の帯水層となっている、大阪層群を始めとする鮮新統および更新統は、上町断層の西側では緩やかに大阪湾に向かって傾斜するが、東側では生駒山脈に向かって東南東に傾き層厚も増加する。
このような平野地下の地形・地質の状況を見る限り、大阪平野では上町断層を境に、その東西で温泉水の挙動が大きく異なると考えられる。
7 協議事項の変更に関する検討委員会の意見
大阪府環境審議会温泉部会では温泉掘削許可申請および動力装置設置許可申請審査に際して、以下のような基準を設け、協議事項としている。
1) 温泉井掘削制限距離を800 m程度とする。
2) ストレーナー部の内径は、200 mm以下とする。
3) ストレーナー部の総延長は150 m以内とし、その上限と下限の幅は概ね300 m以内とする。
4) 動力装置については、段階揚水試験、連続揚水試験の結果を用いて揚水量を決め、動水位から求められている全揚程を考慮し、揚水ポンプの性能に見合った出力で答申する。
5) 上記の制限をした考えの基準に合わないものについては、個々に審議し、理由の明白なものについては、考慮する。
このような協議事項に付いて、今回の検討委員会では揚湯試験結果やその解析結果を踏まえて、以下のような議論がなされた。
(1) 800m規制の論点
1) 距離制限の強化
① メリット ・確認が容易でわかりやすい。
② 問題点 ・温泉の恩恵享受者が減少する。
2) 距離×深度(影響量の観点)
① メリット ・異なる帯水層からの取水で制限距離を維持できる。
※温泉の恩恵享受者の減少を阻止
② 問題点 ・帯水層データの不足から、現状では規制根拠の明確化は困難である。
・許可後の取水深度の規制確認の難しさと強制力の担保に問題が残る。
3) 距離×揚湯量(影響量の観点)
① メリット ・揚湯量の規制で制限距離を維持できる
※温泉の恩恵享受者の減少を阻止
② 問題点 ・掘削許可と揚湯量の同時規制を可能とするための法的整合及び根拠データの蓄積と整理が必要である。
・個別案件への揚湯量規制は周辺井戸との影響評価も必要と考えられ、審査内容の複雑化や長期化が予想される。
・許可後の揚湯量の規制確認の難しさと強制力の担保に問題が残る。
(2)ストレーナー部の内径基準の論点
この問題に関する新たな資料はないので、特に問題となる項目ではない。
(3) ストレーナーの総延長、上下限の幅の基準の論点
強化するとすれば、取水する帯水層を特定した上で、上下限の幅を制限することが考えられるが、個々の井戸での帯水層区分がまだ不明確な段階であるので、次の機会に考慮することにしてはどうか。とくに、大阪層群下部に主要なストレーナーを設置しようとする計画に付いては、漏水による水温・水質の劣化に結びつく危険があるので注意が必要である。
(4) 動力装置設定方法の基準の論点
揚湯量の報告を求めることとセットで検討すればよいのではないか。とくに、現在の検討事項でも要求している揚湯試験結果によるポンプの選定の際に、揚湯試験結果を非平衡式で解析し、計画揚湯虜による800 m影響圏での影響水位を算出することを要求したら良いと思われる。とくに、大阪層群下部に主採水層を持つ井戸に付いては、漏水係数などの算出を要求し、漏水量を試算することを指導してはどうだろうか。
(5)温泉部会協議事項についての意見概要
以上のことを考慮しつつ、協議事項の改訂に関しての意見をまとめると次のようになる。
【800m距離規制の基準について】
(ア)水平面での距離規制だけではなく、深度も含めた立体的な規制はどうか。
水平距離の規制は目に見えることから、その遵守の確認も行いやすいこれに対し、垂直面での規制(深度)については、その確認方法と強制力に疑問が残る。
(イ)細かく帯水層毎に区切った場所毎の厳密な距離規制はどうか。
必要なデータの量・精度等から現時点では実質的には無理な手法である。
(ウ)地域によって規制範囲を決める手法はどうか。
府内を数個のエリアに区分し、その中で一番厳しい値にあわせた基準作りが必要である例えばエリア分けは地盤沈下防止に関する規制の区分程度が妥当だと思われる。
(エ)距離ではなく、用途に応じたくみ上げ規制量での規制はどうか。
用途毎に異なった規制が必要で、複雑になりすぎることから望ましくない。
(オ)距離×揚湯量の規制はどうか。
単純に距離の規制を強化すると、温泉の恩恵を受けられる人が減り望ましくない。揚湯量を規制してでも多くの人に利用していただくことを考えるべきである。
単純に距離の規制を強化するなら、むしろ使用量や用途の規制の方が望ましい。但し、掘削申請時の予定用とはあくまでも参考事項であることから、掘削申請段階での用途規制は、法の枠を超えることとなるので、慎重な対応が必要である。
結論的には、現段階では協議事項を変更するのではなく、先の計算に準拠すれば、許容できる相互干渉の値を0.1 m程度とすれば、揚湯量を500 l/min程度に抑えることと、漏水量を少なくするために基盤岩からの揚湯を除いて、水位降下量を10 m程度に抑えることを指導することが望ましいのではないか。
現状でも揚湯量が500 l/min以上の井戸はほとんど無いし、水位降下量も基盤岩からのものを除くとほとんど10 m以内である。これらに関する指導は温泉掘削申請時に行えるのではないだろうか。
【ストレーナー部の内径200mm以下の基準について】
(ア)この規定は、制定当時の水中ポンプのサイズを考えての規制であると思うがどうか。
大阪での掘削はほとんどが2段又は3段堀であり、上部が300mm程度の口径であることから、自動的に最下部(ストレーナー部)は200mmより小さくなり、問題はないと思われる。
また、ポンプの設置位置は最上部になることから、ポンプの大きさを考慮する必要はないと思われる。
【ストレーナーの総延長は150m以内、上下限の幅は300m以内の基準について】
(ア)他府県の状況も含め問題点等はどうか。
大阪で掘削実績のある業者にとっては、全く問題ないと思われるが、実績のない業者の場合、少しでも広く取りたいと考えるのが通常である。
規制のない他府県での施工の場合は、できるだけストレーナーを長く取った形で施工する。
総延長と上下限の幅を比較した場合、総延長の規制の法が厳しく感じられる。
ストレーナーを長く切ると水質も悪くなるし、水温も低下することから、厳しくした方が帯水層保護が図られる。
結論的に、現段階では従前の基準を変更する理由も無いが、掘削申請時に、できるだけ大阪層群下部を避けるように指導することが必要ではないか。
【動力装置の設定方法の基準について】
(ア)揚湯試験等の結果を元に検討を行うことは問題ないと思われるが、ポンプ更新の際の届け出項目については、そのチェック等どう考えていくのか。
ポンプ更新時のチェックについては、徹底できていないのが現状である。
更新時の法的手続きがないこと及び部会の協議事項としての位置づけとしてはなじまないのではと思われる。
(イ)揚湯量の規制導入を検討した場合、一定の報告を求めることとなることが想定されることから、それとセットで考えればどうか。
結論的には、動力装置申請時の揚湯試験結果によるポンプの選定の際に、揚湯試験結果を非平衡式で解析し、計画揚湯量による800 m影響圏での影響水位を算出することを要求したら良いと思われる。とくに、大阪層群下部および最下部に主採水層を持つ井戸については、漏水係数などの算出を要求し、漏水量をも試算することを指導してはどうだろうか。
【その他の意見】
地下水を取水する取水口断面積の合計(複数の井戸がある場合は総計)が6平方センチメートル超の場合、揚湯量等の測定と報告義務が新たに課せられるとの話(大阪府生活環境の保全等に関する条例の改正)があるが、うまくリレーションすれば、揚湯量の把握が可能となる情報収集ができる可能性がある。揚湯量の概算見積もりが可能になれば,温泉水の流量に関するモデル化を行うことができる。これにより,より正確な揚湯可能量の推定と,掘削距離制限の設定を行うことを提案したい。
8 大阪府環境審議会温泉部会協議事項の改正
調査結果の検討等を踏まえ、現在の協議事項については次のように取り扱うことが適切であると思料される
(1)800mの距離規制の基準について
当面、維持する。
(2)ストレーナー部の内径及び総延長の基準について
当面、維持する
(3)動力装置についての基準
揚湯量の上限を500リットル/分とする旨を追記する。
(4)その他
動力装置許可申請時において次の追加書類の提出を求める。
・ 揚湯試験結果を非平衡式を用いて解析を行い、計画揚湯量時における800m圏域での影響水位を算出した結果。
・ 大阪層群下部・最下部に主な取水層を設けている場合は、漏水計数を算出した結果及び漏水量を算出した結果。
・ また、ポンプの更新に当たっては、その都度、更新するポンプの機種等を届け出させることが望ましい。
9 今後に残された課題
(1) 温泉水の水収支
先に記したように、現状では大阪地下水盆の中での温泉水の過剰揚湯による障害は判然としない。つまり、過剰揚湯による水圧低下や水質の劣化が若干の疑いはあるものの、はっきりした現象として認識されるには至っていない。とは言え、温泉井戸の増加はかなりのスピードで進んでいるので、いつまでもそのことによる過剰揚湯が生じないとは保障されない。それでは、どの程度までの開発なら許容されるのかをあらかじめ見当を付けておかなければならない訳であるが、そのためには現況でどの程度の温泉水が汲み上げられていて、その後の涵養はどのように生じるのかを見極めなければならない。温泉水の水収支が必要になるわけである。これを計算するためには、もちろん入れ物である地下水盆の大きさを含む形状と性質が明らかにならなければならないのと同時に、家計簿の収支と同様に収支(汲み上げ量)と収入(涵養量)および財布の中身(貯留量)が明らかにならなければならない。今回の調査で、地下地質構造や帯水層常数などを含む地下水盆の性状はかなり明らかになったので、これに温泉水を含む揚水量(収支)を入れ、貯留量の変化から涵養量と赤字(水位低下量)を推定し、どこまでの赤字なら許容できるかを決めていかなければならない。この作業を行うには一定地域の全揚水量の把握が必要で、平成20年1月から実施される大阪府生活環境の保全等に関する条例の改正による揚水量の報告義務化がこの条件を満足させてくれるものと思われる。したがって、温泉水を含む水収支計算はこれを待ってこれを実施していく必要があると思われる。
(2)帯水層常数の再検討
影響圏や漏水量の計算の際に問題になった貯留係数の誤算は、水収支はじめ多くの水計算の際の障害になる。そもそも貯留係数とは不圧地下水、被圧地下水いずれの場合も水位低下を来たした体積に対して揚水された全水量の比であり、これが1以上にはなり得ないのは当然のことであり、被圧地下水の場合には、実質的には弾性係数に似た数値となるので、大きくとも10-2オーダー以下であるべきで、温泉井戸のこの値は異常である。このことを今後調査検討しておく必要があり、現在のままでは水収支計算に齟齬を来たす可能性がある。
(3)温泉保護のための観測井の設置等
温泉ばかりではないが、大阪地下水盆の地下水の状況を常時把握しておくためには、先に記した地質構造の違う場所ごとに長期測水の観測ステーションを設置しておくことが望まれる。浅い地下水の観測ステーションとしては地盤沈下観測井に付置されている地下水観測井セットがあるので、これが利用できる。温泉井に関するものは新たに設置することが望まれる。
また,温泉泉質の悪化や複数帯水層の相互干渉を予防するために,水質の継続観測を続ける必要があろう。概ね5年(5~10年)の期間内での変動を捕まえることが望ましい。そのために,期間内合計で議論に充分な数の井戸が確保できるように,毎年数地点を選んで,水質調査を継続することが望ましい。
(4)水圧低下時等の温泉災害予防に関する検討の実施
先の東京都内での温泉井からのガス噴出による爆発事故の事例を引くまでも無く、大阪地下水盆の井戸からも引火性のガスが少量とはいえ検出されている。とくに、温泉井からは水溶性のガスが温泉水と同時に汲み上げられているので、その対策には万全を尽くすべきであろう。ちなみに、温泉水に含まれる水溶性のガスは、水圧低下に伴い急激にガス化して噴出する性格があるので、今後、温泉帯水層の水圧減に伴う広域でのガス化には注意しておく必要がある。
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図表のキャプション
表-1 揚湯試験の結果から計算された帯水層常数
図-1 計算式と標準曲線法による透水量係数の対比
ハンタッシュ・ヤコブの解析法は標準曲線法が精度良く帯水層常数 を計算するのに用いられるが、簡略法として近似計算式を用いて計算する方法もある。既存の揚湯試験結果を効率よく解析する為に計算式を用いることが可能かどうかを検討した結果、良い近似を得たので、既存揚湯試験結果の解析は近似計算式を用いた。
図-2 地域別、帯水層別透水量係数(T)分布。
地域別にも帯水層別にもかなり大きい開きが認められる。とくに基盤岩にストレーナーを持つ井戸のばらつきが大きい。
図-3 透水量係数(T)と比湧出量(Sc)の関係
理想的には、この2者はSc=1。22Tの関係にあるが、ここでは水位降下に対する湧出量の比(Sc)の方が大きく、漏水量が多いことが疑われる。
図-4 舞洲における井戸中の水位の変化
海岸近くでは海水の干満による地表への加重変化による水圧の周期的な増減が見られる。この感潮現象は海岸近くの温泉井戸一般に見られるものである。感潮による水圧の最大変化量は1 m未満である。