梶村 好宏 (九州大学・総合理工学研究院)
Mail: kajimura@aees.kyushu-u.ac.jp
1. はじめに
近年、各国が深宇宙探査ミッションを提案する中で、我が日本においては、イオンエン
ジンを搭載した探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」に到着し、人類初となる月以外
の土を持ち帰るサンプルリターン計画を遂行中である。2003 年5 月に打ち上げられた「は
やぶさ」は、約2 年半の時を経て小惑星「イトカワ」に到着し、2010 年6 月の地球帰還を
目指し、この4 月に小惑星を出発した。このミッションにおいても分かるように、宇宙探
査はその探査範囲が広いほど長期のミッションとなる為、効率の良い、大きな推力を発生
することが可能な推進システムが求められている。高効率という観点で、燃料を搭載して
推進に利用するという考え方から離れ、宇宙にすでに存在している資源・エネルギーを利
用して航行するというアイディアは、太陽エネルギーの利用に代表され、その候補として
は、ソーラーセイルや、磁気セイルなどが挙げられる。これらのシステムは、「はやぶさ」
で用いられているイオンエンジン等の一般的な宇宙推進システムの特徴である、「推進剤を噴射し、その反作用で推進するシステム」とは性質が異なる。磁気セイルは、宇宙機に搭載したコイルに電流を流すことによって磁場を生成し、太陽風プラズマ流を受け、太陽風の運動量変化が反作用として宇宙機に伝わり、推進力を得るシステムである。この磁気セイルは、1990 年に米国のZubrin によって提案され、直径が64km という巨大コイルによって磁場をつくり、太陽風を受け、20N の推力を得るというものであった。この磁気セイルの長所として、1)推力の発生に推進剤が不要、2)推進のための装置が非常にシンプル、3)推進力の制御(On,OFF 含め)がコイルの電流制御によって容易に可能、などが挙げられる。しかし、十分な推力を得るために要求されるコイルの径が、前述したような非現実的な値であり、技術的な難易度が高く実現には至っていない。
2. 磁気セイルから磁気プラズマセイルへ
磁気セイルが、十分な推力を得るために必要とする磁場を、機械的に大きく作るのでは
なく、プラズマ噴射を行うことによって拡大し、拡大した磁場で太陽風を受けて航行する
というアイディア(Mini-Magnetospheric Plasma Propulsion:M2P2)が、2000 年にワシン
トン大学のDr.Winglee によって提案された。我々日本の研究グループは、これを磁気プラ
ズマセイルと呼んでいる。宇宙機周りに噴射するプラズマは、粒子間衝突が極めて少ない
無衝突プラズマ流であり、磁場はプラズマ流に凍結(frozen-in)して運ばれる性質を持つ。
この性質を利用して磁場を大きく膨らませることができれば、現実的な大きさの超伝導コ
イルを用いて、N(ニュートン)クラスの推力を得ることが期待できる、とWinglee は試算
した。これは、「はやぶさ」に搭載されているイオンエンジンの10 倍の性能である。
3. 磁気プラズマセイルで重要な2 つのプロセス
磁気プラズマセイルのイメージ図を図1 に示す。電離した水素が主成分の超音速プラズ
マ流である太陽風を利用するこの推進システムは、消費電力に対する推力の比が、現存す
るどの推進システムよりも大きく、このシステムが実現すれば、現在木星までの3 年半の
航行が2 年に短縮されることが見積もられている。この推進システムには、大きく分けて2
つの重要なプロセスが存在する。一つは、前述した、磁場を大きく膨らませる為にプラズ
マ噴射を行うプロセスである。磁場を大きく膨らませる為には、磁気レイノルズ数が1 よ
りも非常に大きい条件でプラズマを噴射し、磁場凍結の原理によって、磁場を遠方まで拡
大する必要がある(磁気インフレーション)。効率よくインフレーションを起こす為には、
噴射プラズマの物理パラメータや、噴射方法などを理論、実験、数値シミュレーションな
どによって検討する必要がある。二つ目は、磁場と太陽風との相互作用によって、太陽風
の運動量変化がローレンツ力となってコイルに伝わり、推進力を生むというプロセスであ
る。発生させる磁場の大きさに対して、得られる推力の推算等の定量的な評価や、磁気イ
ンフレーション磁場と太陽風との相互作用からどのようなメカニズムで推力が宇宙機に伝
わるのかを明らかにする必要がある。参考論文から引用した磁気プラズマセイルの原理を
示した図を図2 に示す。
4. 最近の研究情勢と研究成果
Dr.Winglee の設計したM2P2 について、2003 年にNASA のDr.Khazanov が問題点を指摘し
た。その内容は、太陽風の動圧と生成磁場の磁気圧がつりあう点においては、太陽風イオ
ンのラーマー半径は、100km 程度と非常に大きく、イオンが磁場をすり抜けてしまい、M2P2
の推力発生量はほとんどゼロである、というものであった。この論文が出された以降、ア
メリカでは、M2P2 の研究は下火となってしまった。しかし、我々日本の研究者勢は、JAXA
の船木一幸准教授をリーダーとして、問題点が指摘された同じ年の2003 年に、研究グルー
プを立ち上げた。そして、世界に先駆けてこの有望な推進システムを開発し、実現するの
だという強い決意の下、M2P2 をベースに仕様を再設計し、磁気プラズマセイルと名づけて
研究をスタートさせた。スペースチェンバーによる地上実験や計算機シミュレーションを
実施し、多くの新しい成果が出された。その成果についても本講演で紹介する。
5. これからの磁気プラズマセイルの研究
今後も、JAXA が中心となり、日本の研究者が協力して、この磁気プラズマセイルの実現
の為、プロジェクトを遂行する。2011 年以降、まずは磁気セイル(プラズマ噴射を伴わな
いセイル)を地球磁気圏外に打ち上げ、推力の測定などを目的とした飛翔実験が行われる
予定である。今後、取り組むべき課題として、磁場を生成する超伝導コイルについて、機
械式冷却システムを採用した場合の軽量化の設計、そして、磁気インフレーションの為の
低コストなプラズマ源の開発が必要である。また、噴射位置近傍の、プラズマが流体的に
振舞う領域から、遠方の、粒子的に振舞う領域までのマルチスケールフィジックスを考慮
した数値解析を行い、太陽風下で磁気インフレーションを実施した際に、太陽風から得る
ことが出来る推力の推定を行う。その際、変動する太陽風の影響、太陽風が引き連れてく
る磁場とのリコネクションの影響なども検討すべき重要な項目である。磁気プラズマセイ
ルの研究グループでは、世界に先駆けてこの推進システムを実用化すべく、日々研究・開
発に汗を流しており、共に研究に携わってくれる若き挑戦的な研究者を切望している。
図1 : MPSのイメージ図
図2:MPS の原理
→九州大学「磁気プラズマセイル」研究室のホームページはこちら。
http://art.aees.kyushu-u.ac.jp/index-j.html
□参考文献
船木一幸、山川 宏、“新たな宇宙開発を拓く核融合技術、磁気プラズマセイルの研究と深宇宙探査への挑戦”、プラズマ核融合学会誌、Vol.83、No.3、pp.281-284、(2007)
中性粒子の流れと相互作用する渦
九州大学総合理工学研究院
田中雅慶
磁化プラズマ中の荷電粒子はラーマー回転しているが、それに外力Fが加わると、F×B方向に回転中心がドリフトしていく(ここで、Bは磁場ベクトル)。力Fの原因としては、プラズマの圧力P (反磁性ドリフト)、内部電場(E×Bドリフト)、磁力線のわん曲(遠心力ドリフト)などがあるが、なかでも、E×Bドリフトは渦形成の観点から最も重要なドリフトメカニズムである。このドリフトは、イオンと電子が同じ方向に同じ速度で流れ、電荷分離などの副次的な効果を起こさないという特徴がある。
いま、軸方向に磁場が加えられた円柱状のプラズマを考えると、径方向の両極性電場が存在するためにプラズマは円柱軸まわりに回転する流れを形成する。また、プラズマ中の静電波にともなうポテンシャル構造が存在する場合、プラズマは −∇φ×ez(φは静電ポテンシャル、ezは磁場方向単位ベクトル)方向にドリフトする。この時、φは流線関数になっていて、プラズマはφの等高線に沿って流れている。したがって、磁場に垂直な面内で、閉じた等高線を持つ静電波の2次元構造があればそれは渦である。このように、磁化プラズマは渦の宝庫である。
図1に示すのが本講演で紹介する渦である。図中明るく見える部分はプラズマの密度が高くなっており、周囲のプラズマと比べて2~3倍の高密度になっている。それだけなら、特に取り上げることはないのだが、この渦の特異性はその回転方向にある。電場計測と流れ場の計測を行った結果、この渦は、E×Bドリフト方向とは逆方向に回転しているのである(以下反E×B渦と呼ぶ)。なぜそのようなことが起こるのか、そこからどのような物理が引き出せるのか、この講演で紹介してみたい。
プラズマが回転しているということは、プラズマに何らかの力が働いていることを意味している。反E×B方向であるということは、電場と反対向きでかつ電場より強い力が存在していることを意味している。その力の発生機構は何なのだろうか。
詳しい実験を行った結果、反E×B渦は図2に示すように、共存する中性粒子密度分布に著しい窪み構造を常に伴っていることが明らかになった。背景中性粒子の急峻な密度勾配は半径方向内向きの流れを生じ、この流れとプラズマが運動量を交換すれば、プラズマに対して電場と反対向きの力を生じる可能性がある。運動量交換の素過程としては電荷交換衝突が最も頻度が高い。もし、この描像が正しければ、この渦は背景中性粒子の流れと相互作用する新しいタイプの渦であるということになる。
では、これを実験で証明するには、どうしたらよいだろうか?当然のことながら、中性粒子の流れを直接測れば良いのだが、どのようにして中性粒子の流れを測るか。実は、その測定法が確立していないのである。中性粒子に対しては、プラズマのようにプローブ法は使えない。したがって、波長可変レーザー用いた誘起蛍光法(LIF)によって流速を測定することになる。しかし、ここからが問題で、中性粒子はプラズマほど速く流れていないことを考慮すると、予想されるドップラーシフトは10MHzから100MHz(波長換算で0.016~0.16pm@700nm)である。レーザーの周波数が1014Hzであると, すると、中性粒子の流れによるドップラーシフトを測定するには10-6~10-7の精度が要求されるのである。これだけの高精度なLIFドップラー分光システムを作れるかどうかが鍵となる。
幸いにも、狭帯域の波長可変半導体レーザーが比較的低価格で入手できるようになり、実験に用いるイオン種の励起波長に合った半導体レーザーがあればシステムを構成することができる。半導体レーザーのスペクトル幅は2MHz程度で、中性粒子の分布関数のドップラー広がり1GHzにくらべて十分に狭いので、LIF法によって分布関数を直接測ることができる。
図3は実験に用いたレーザーシステムの概念図を、また、図4はこのシステムを用いて測定されたLIFスペクトルを示している。半導体レーザー(波長696.735nm)の出力はEO変調器によって100KHz で振幅変調され、プラズマに入射されて準安定原子を励起する。上準位に上げられた原子が脱励起する際に放出される826.45nmの光を光電子増倍管(PMT)で受光する。PMTの出力はS/N比を上げるためロックイン検出を行う。またレーザーの波長基準としてはヨウ素の吸収線を用いている。図4はこのシステムで測定した2箇所のLIFスペクトルを示しているが、両者は約200MHzシフトしている。このシフトは流速換算で130m/sに相当し、向きは半径方向内向きである。したがって、予想したような中性粒子の速い流れは存在していることになる。
以上まとめると、プラズマ中には背景中性粒子の流れと相互作用する新しい渦が存在することを明らかにした。この結果は、中性粒子の流れがプラズマの構造形成に決定的な役割を果たしていることを示しており、プラズマのダイナミクスがプラズマだけで閉じていないことを意味している。